名古屋つれづれ・祀

池下まで行ったら、ここは素通りできない場所(笑)、毎朝通っていた道にある蝮ケ池八幡宮
万治年間(1680)頃に造られたため池が埋め立てられ、その一角に残された、龍神社・辨天社
先日UPしたタワーマンションの地盤が軟弱だったというのも池だったから・
道路三差路の頂点の位置にある(笑)ちっちゃなお社です。


↑この写真、蝮ケ池の本殿は、駅をまっすぐ北へ行ったところが参道で、もう一方は
階段になっていますが、この階段を上がった側が、古巣(笑)以前住んでいた所。
やっぱりここも、この地の海部・尾張氏の支配下・??(笑)にあった。
農業が主産業だった時代(食料自給率100パーセント(笑))のため池は重要
大事なものはすべて神様になる。(笑) 八百万の神
今は、何でも買えば賄える時代の「有難み」知る人もなく、神様もぞんざいに扱われる。(笑)
喜ぶべきではなく、悲しい現実・?
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