名古屋つれづれ・字

古事記にまつわる緑区大高町 氷上姉子神社・ミヤスヒメノミコト

日本武尊が詠んだという歌

・年魚市潟 氷上姉子は我来むと 床去るらむや あはれ姉子

・奈留美良乎 美也礼波止保志 比多加知爾

己乃由不志保 和多良部牟加毛・・鳴海浦を見やれば遠し火高地に

この夕潮に渡らへむかも

・・時代変わって・・

・恋せよと鳴海のうらの汐ひがたかたおもひにぞしおれわびぬる・・後鳥羽院

・哀れなり何となるみのはてなればまたあくがれの浦つたふらん・・藤原光俊

・祈るぞよ我おもふこと鳴海がたさしひく汐も神のまにまに・・阿仏尼

・鳴海潟汐の満干の度ごとに路踏みかふる浦の旅人・・宗良親王

・鳴海潟夕なみ千鳥立かへり友呼続の浜になくなり・・厳阿上人

大高町と隣り合っている鳴海、共に縄文の時代から人々の暮らしが偲ばれる場所

文字がなかった頃すでに「なるみ」と呼ばれていて

奈良時代以降、奈留美・成留美・鳴身・成海・・の文字があてられている。

その鳴海が地名としては承平年間(931~)分類体百科事典

「和名類聚抄」に成海郷と書かれている

ちなみに信長の朱印文には、鳴海となっている。

そして現在の大高

古くは「氷上邑(のちの火高の里)と呼ばれていたが、火災(1382年)で大高となる。




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